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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和51年(う)123号 判決 1977年1月25日

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人宇治宗義、同島崎良夫連名の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

控訴の趣意第一について。

所論は要するに、(1)被告人前田に対する原判示第二の三の飲食物提供の事実は、一般の社交的儀礼の範囲にとどまるものであり、かつ選挙運動に関しないのにかかわらず、公職選挙法の飲食物提供の禁止規定に違反するとした原判決は、経験則を無視した理由不備の違法があるとともに事実を誤認したものであり、(2)被告人岸本に対する原判示第一の一の受饗応接待の事実は、同被告人において、それが村家幸作の支持者内部の社交儀礼的な新年宴会であつて、選挙の準備行為のつもりで出席したのに、選挙運動をすることの報酬としてもてなすものであることを知りながら饗応接待を受けた旨の原判決の認定は、これまた経験則を無視した理由不備の違法があるとともに事実誤認が存し、(3)被告人両名に対する原判示第三の事後報酬供与の事実は、選挙運動に使用する労務者に対して実費弁償と報酬の支払をしたに過ぎないから、事後報酬供与罪には該当しないし、仮にこれが右供与罪に該るとしても、被告人岸本の単独犯行であつて、同被告人と被告人前田との間に共謀の事実はないのに、被告人両名に対し右供与罪の共同正犯の成立を肯定した原判決は、これらの点においても理由不備の違法があり、かつ事実誤認があつて、以上の事実誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というに帰着する。

所論にかんがみ、記録を調査し、まず論旨(1)の点について考察するに、被告人前田に対する原判示第二の三の事実は、これに対応する原判決挙示の証拠によつてこれを肯認するに十分であるが、殊に、右認定にかかる「村家幸作君を励ます会」は同人を富山市議会議員に当選させるためできるだけ多くの支持者を獲得する目的で開催されたものであり、その際に参集者に対し一人当り金一八八円相当の袋入り菓子、缶ジユースを配布したのも村家を支持し、同人に投票を依頼する趣旨のもとに行われたことが明らかであつて、これが公職選挙法所定の飲食物提供の禁止に違反することは多言を要しないというべきである。従つて右参集者に対する袋入り菓子、缶ジユースの配布は選挙運動に関しない一般の社交的儀礼の範囲内の行為であるとする所論はとうてい採用できない。次に、論旨(2)の点について考察するに、被告人岸本に対する原判示第一の一の事実も、これに対応する原判決挙示の証拠によつてこれを肯認するに十分であり、殊に、右各証拠によれば、原判示割烹「諏訪義」における宴会は村家幸作が地元、青果物組合、流通関連業界の各後援会の幹部を集めて催されたもので、宴会に先立ち村家が選挙運動の協力方を依頼する旨の挨拶を行つたうえ酒食のもてなしをした事実が認められる本件では、被告人岸本においても右の趣旨を十分知悉しながらもてなしに応じたことが明らかである。なお、被告人岸本の検察官(昭和五〇年五月一四日付)及び司法警察員(同月五日付)に対する各供述調書によれば同被告人自身右の事実を自白しているのであるし、これが所論のごとく事実の真相に反し技術的に作成された調書であつて、措信できないものであるとは考えられない。結局、被告人岸本に対する原判示第一の一の事実は、同被告人において選挙運動を内容としない単なる新年宴会の趣旨で出席し、もてなしに応じた旨の所論もまた採用できない。続いて、論旨(3)の点について検討するに、原判示第三の事実に対応する原判決挙示の証拠(ただし、被告人岸本の司法警察員に対する昭和五〇年五月二六日付供述調書が掲げられているが、同日付に該当の調書はないので、これを除く。)を総合すれば、中川京子、山下則子、佐藤和子、伊藤央子らはいずれも原判示選挙の立候補者である村家幸作の街頭宣伝車による宣伝放送を依頼され、別に日当額も取決めないでこれを引受けたが、同女らは選挙区内を廻り、自動車上から、予め指示されたところに従い「村家、村家、村家幸作です。」「この度市議会議員に立候補いたしました村家幸作です。」「熱と実行の村家幸作です。」などといつて、同候補の氏名を宣伝するとともに住民や通行人に対し同候補への投票を依頼する旨の放送を繰り返したことが認められるところ、右の行為は、いずれも特定の選挙に関し、不特定多数の選挙人に対し、特定の候補者の氏名を告知し、該候補者に投票されたい旨直接働きかけて投票を勧誘するものであり、また、通行人や場所的状況に応じてその呼びかけの回数、方法、演出等にも裁量の余地がないわけではないから、これが単なる機械的労務行為でははく、その行為自体の内容及び性質に照らして、候補者に当選を得しめるためになされたもので、正しく選挙運動にほかならず、そうとすると、前記中川、同山下、同佐藤、同伊藤に供与された原判示の各金員は各その選挙運動に対する報酬といわねばならない。右と異なる見解に立ち、原判示第三の各現金供与をもつて、労務者に対する実費弁償と報酬の支払であるとする所論には左袒しえない。そして、被告人両名の共謀の点については、被告人前田の検察官(昭和五〇年五月二六日付、同月二九日付)及び司法警察員(同月七日付)に対する各供述調書、被告人岸本の検察官に対する同月二八日付供述調書によれば、被告人前田は昭和五〇年四月二六日ころ、選挙事務所において、被告人岸本から前記中川、同山下、同佐藤、同伊藤らの稼働日数、金額を記載したメモを渡されその説明を受けたが、その際右記載の金額は放送の日当だけではなく、村家候補のため本人達は勿論その家族らにも投票して貰うための謝礼の意味も含まれている旨打ち明けられ、被告人前田はこれを了承したうえ、候補者の妻のところへ行つて資金を調達し、これを右中川ら四名に支払つたことが認められるので、被告人両名の共謀の事実は明らかであつて、これが被告人岸本の単独犯行であるとの所論もまた是認できない。

以上要するに、原判決が、被告人前田に対し罪となるべき事実第二の三、被告人岸本に対し同第一の一、被告人両名に対し同第三の各公職選挙法違反の事実を認定した点に所論指摘のごとき事実誤認及び理由不備の違法は毫も存しない。論旨はいずれも理由がない。

控訴の趣意第二について。

所論は要するに、原判決の被告人両名に対する各量刑が重きに過ぎて不当である、というのである。

所論にかんがみ、更に記録を調査して検討するに、証拠に現われた被告人らの身上、経歴を初め、本件各犯行の動機、態様、罪質等、とくに、被告人らの本件犯行は選挙犯罪中のいわゆる実質犯を含むものであつて、選挙の公正に及ぼした影響も軽視できないし、また被告人らの供与ないし提供にかかる金品の程度もそれぞれ僅少とはいえないこと、その他被告人らの本件選挙運動における地位、その果した役割など諸般の情状を総合考察すると、被告人両名を各懲役六月に処したうえ、被告人前田については四年間、同岸本については三年間、それぞれその刑の執行を猶予した原判決の量刑措置は相当であつて、所論のうち、肯認しうる諸点を当該被告人の利益に斟酌考量しても、被告人両名に対する右各量刑が、所論指摘の執行猶予期間の点をも含めて、重きに過ぎるものとはとうてい認められない。論旨は理由がない。

よつて、本件各控訴は、いずれの観点からするも、すべてその理由がないから各刑事訴訟法三九六条に則り、これを棄却することとする。

以上の理由により、主文のとおり判決する。

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